私は熊本大学で地質学を専攻していました。
実際には天文学の道に進みたかったのですが、当時東大、京大、東北大など、とても手に届くところにしかその学科がなかったので仕方なしに熊本大の地質の道を選びました。
豊浦高校から北九州予備校経由で一浪してなんとか入学。
高校時代は部活で化石を掘りに行ったりしていましたのでまあ地質学でもいいかなと。
高校当時は反射望遠鏡を自作したりして遊んでいました。 大学生時代はちっとも勉強熱心でない落ちこぼれ生徒で、引きこもり気味になり、何度も友人や助手の方々に励まされながらぎりぎりの成績で卒業しました。
留年2回して大学院への試験は不合格。研究生でなんとか卒業。
高校時代に考えていたより遙かに高度な知識を要求されるので、到底ついて行けませんでした。
でも今でも夜中に内緒で友人と阿蘇山の火口の燃えたぎる穴をのぞきに行って写真を撮ったことを鮮明に覚えています。
進級論文は大分、卒論は種子島の地質調査でした。種子島へは三ヶ月にわたって泊まり込んで調査しました。
今朝同窓会報が届き、私が学ばせていただいた大先生、火山地質の松本幡郎先生、火山学の千藤忠昌先生の訃報を読み、当時のことを懐かしく思い出しました。 心からご冥福をお祈りいたします。
現在は全く畑違いのことをしていますが、夢を追ったあの頃が懐かしくてたまりません。
実際には天文学の道に進みたかったのですが、当時東大、京大、東北大など、とても手に届くところにしかその学科がなかったので仕方なしに熊本大の地質の道を選びました。
豊浦高校から北九州予備校経由で一浪してなんとか入学。
高校時代は部活で化石を掘りに行ったりしていましたのでまあ地質学でもいいかなと。
高校当時は反射望遠鏡を自作したりして遊んでいました。 大学生時代はちっとも勉強熱心でない落ちこぼれ生徒で、引きこもり気味になり、何度も友人や助手の方々に励まされながらぎりぎりの成績で卒業しました。
留年2回して大学院への試験は不合格。研究生でなんとか卒業。
高校時代に考えていたより遙かに高度な知識を要求されるので、到底ついて行けませんでした。
でも今でも夜中に内緒で友人と阿蘇山の火口の燃えたぎる穴をのぞきに行って写真を撮ったことを鮮明に覚えています。
進級論文は大分、卒論は種子島の地質調査でした。種子島へは三ヶ月にわたって泊まり込んで調査しました。
今朝同窓会報が届き、私が学ばせていただいた大先生、火山地質の松本幡郎先生、火山学の千藤忠昌先生の訃報を読み、当時のことを懐かしく思い出しました。 心からご冥福をお祈りいたします。
現在は全く畑違いのことをしていますが、夢を追ったあの頃が懐かしくてたまりません。

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